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心ここにアラブ

心の病です、と言われても結局どこの病気だよと思う。心は脳にあるのか、じゃあ脳の病気か、いや脳には異常がありませんと医者は言う。なら、心の病気とはなんだと、別に哲学をしたいわけじゃない。曖昧な症状を何となく項目に従ってあてはめて病名と一致させてそれで安心させる。それで患者もそう思い込んで納得し医者に従う。言ってしまえば心の病とはそんなものではないか、『ストレス社会』といいつつ皆が皆、私自身も心とか精神とかストレスとかそういうものに過剰に反応し過敏になりすぎている、そんな気がしつつある。『ストレス社会』なんて嘘だと思う、言ってしまえばいつの時代でもそうだといえるし、疫病やらが蔓延する平安時代、いつ殺されるかわからん戦国時代の人々のストレスの方が相当なもんだろう。 

山に 

兵庫県のとある里山に登った。20人ぐらいの団体での登山。神社の鳥居を抜けると、岩山のルートが大半を占め、急な斜面を登っていった。バランスを崩せばどこまでも転がり落ちていきそうだった。足を踏み外せば待っている道は、現実という終わりの見えない地獄行きか魂不滅の夢にみた天国行きか、はたまた南無阿弥陀仏の極楽浄土行きか。臆病風に吹かれながらも何とか前列に着いていった。足を踏み外すことも滑らすこともなく、山道を進んでいった。どうやら続いている道はたしかに現実だった。

社会に空いている穴

僕は去年大学を出てから新卒で大阪の会社に就職した。あと二ヶ月程で一年を迎える。段々任せられる仕事も増えていったが、目立ったミスや至らなさも浮き彫りになってきた。怒られることも増えていった。最近では僕のミスで担当していた取引先に多大な迷惑をかけてしまった。同行して貰った先輩にはかなり激怒された。なぜこうも人に気を配れないのかと痛感する日々を過ごしている。仕事が向いてないのかと思うことが多々ある。が、始めから自分に合った仕事など無いに等しい、自分の為に仕事があるわけじゃあるまいし、などと己に言い聞かせてもしてみる。それでも気分は上向きにはならない。涙が出そうになるばかりでつい下を向いてしまう。毎日、死にたい朝を迎えて出勤。疲れた足取りで退勤の繰り返し。仮に転職してみても僕のような能の無い人間はどこへいってもダメなんじゃないか、通用しないんじゃないか。《仕事とは社会に空いている穴》だと本に書いてあったが、なかなかその"穴"を埋める事ができない自分が歯痒く嫌になるばかりだ。 

芥川版桃太郎

Kindleを買って、芥川龍之介の短編「桃太郎」を読んだ。童話「桃太郎」の単調な話を芥川が描くとこうなるのか、と読んでて感心した。いい具合に捻くれた仕上がりになっている。

一部紹介
「…桃から生れた桃太郎は鬼ヶ島の征伐を思い立った。思い立った訳はなぜかというと、彼はお爺さんやお婆さんのように、山だの畑だのへ仕事に出るのがいやだったせいである。…」


夢日記

 "なにか"に追われ続けて、ひたすら僕はそれから逃げ続ける。"なにか”とは幽霊だったり、知らない怖い何者かだったり。
 よくわからないけど、そんな夢ばかり見ることが近頃多くなった。ただその”なにか"が追いかけて来て、追われた僕は死ぬ気で逃げる。
車で逃げることもあれば、荒れ狂った海の波打ち際を走って逃げることもある。
最後には捕まるかというと、そうじゃない。僕はそれからたしかに逃げ切っている。その夢の続きを僕はしらない。そこで夢はたぶん終わっているのだろう。
 

後悔、後に着いてくる

 会話のなかで一番伝えたいことは会話の後で思い浮かぶ事が多い。1人で悶々と会話の内容を振り返ってるうちに、悪びれもせずぼんやりと浮かび上がってくる。そんな後悔の繰り返し。 
『後悔先に立たず』なんて当たり前の事を言うな、ふざけるんじゃあないよとでも言いたくなってくる。(誰に対してでもないけど)
 そうこう言ってるうちに一番伝えたい事はなんだったかな。忘れてしまった。