瀬戸内の袋小路紀行

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 フェリーにて岡山の離島である犬島に辿り着いた私は瀬戸内海の波の静謐さを悟った。河川のような青緑色の海の光景が目に焼き付いた。磯の匂いがほんの控え目なのにも驚いた。日本海側の土地で育った私には藍色の海が鼻を突くような磯臭さと波の音は絶えず耳朶を打つのが常であった。瀬戸内海の景観は何やら珍奇なものとして私の目に映った。深閑とした青緑の海に向かって目を瞑り深く息を吸い込んだ。澄んだ心地よい微風が喉を伝っていき頭の中を軽やかに潤していった。

 目当てにしていた犬島精錬所美術館に足を運んだ。ここは大正時代には精錬所として稼動していたが後に廃止され遺構となったのが現代美術館として再活用されているのだった。

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 そのうち崩れ落ちそうな塔を幾ばくかの間眺めていると、塔自身の老いて滅んでゆくことへの悲哀のような感が胸中に募り出してきた私は密かに感極まる己自身を認めないでは居られなかった。 

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 芸術家が三島由紀夫をモチーフとして作品を展示しているのだった。この地と三島との縁は全くないと訊いて何だか私は少し拍子抜けしたような気になった。何かしら所縁があったのかしらと勝手に薄い期待をしていたからである。然し、作品自体は面白く目を惹くものが幾つか見受けられた。

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 犬島は“アートの島”らしい。島を歩いていると巨大な犬に鉢合わせた。この犬が「こんにちワン」と話し掛けてきた所で目が覚めた。どうやら旅の疲れで眠っていたらしい。

 犬島を去った私は、翌日尾道に向かった。数々の寺を巡るまでの坂道で息が切れ切れになった。ロープウェイもあったが登りも下りも意地で使わなかった。おかげで脚が棒になった。もげなくて良かったと深く安堵した。
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 千光寺への道中で志賀直哉の旧居を見つけた。名前は知っていたが読んだことなかった文豪の一人なのでこの機会に『暗夜行路』を読み出した。
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 犬の次は猫である。“猫の細道”には幾つもの猫の作品が置かれてあった。

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 千光寺からは尾道の街並みが見下ろせた。歌のカントリーロードではないが坂道に無数にある小路が毛細血管のごとく枝分かれを繰り返して果てしなくどこまでも続いてゆくようなそんな印象を抱いた。 

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 ふと地面に目を下ろすと猫が描かれていて踏みつけるところだった。すると、信じられぬかもしれないがこの猫は何かお経のような言葉を唱えてきた。恐る恐る話し掛けてみようとしたところでふっと消えてしまった。

 夢の門は閉ざされた。眠気眼で時計を見るとまだ夜中の三時を過ぎた頃だった。既に尾道を去った私は三原の旅館で泊まっていたのだった。どうやら疲れていることだけは確かだった。

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 その翌朝は低く垂れ込めた鉛色の空に小雨が降っていた。午頃には帰る予定で、倉敷に寄った。大原美術館が休館だったので倉敷美観地区に寄るかどうか思い倦ねていたのだがつまらなかったらすぐ帰るつもりで行くことにした。美観地区に入ると、偶然目にしたフクロウの森にいった。他に豆柴とハリネズミの館があった。

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 フクロウを眺めていると動きがロボットのようで可笑しく優美な生き物に思えた。一部を除いて撫でることができた。毛並みの柔らかさは新雪のようであった。

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 先に進んでゆくと風情のある古い建物と運河が見渡せて幾らか愉快な気分が芽生えた。ここで漸く自分のなかで旅情が染み渡ってきたように思われた。

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 アイビースクエアでワインの販売をしていたので飲んでみた。普段ワインを飲まないのに柄にもないなと思いつつも景色がそうさせたのかしらん。また少し愉快な気分に浸された。

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 倉敷美観地区は混雑しておらず程良い按配の観光客数で歩きやすく気に入った。気ぜわしくなくゆっくり散策すると愉しかろう。一時間半程しか滞在できなくて、もっと居続けたいと感じられた。倉敷に来て良かったと思った。どこか味気ない旅になるところだった。そんなことを思いながら帰途に着いた。