モノツクリ雑記 

雑記ブログ

『桃太郎』

 今は昔、お爺さんとお婆さんが山里で暮らしていました。お爺さんとお婆さんというと、読者の皆さんは70、80代かそれ以上だろうと想像することと思いますが、現代でいうところの50代ぐらいだとここでは認識しておいてください。お爺さんは山へ柴刈りにいき、お婆さんは川で洗濯をしていました。すると、桃が勢いよく流れてきました。お婆さんはナイスキャッチをして桃を割ってみたところ、そのなかにはなんと赤子が居るではありませんか。

 と、このような生い立ちだと二人から聞かされてきた幼い桃太郎は、サンタクロースを信じ込む子供のように純真無垢にもその話をまるっきり信じ込んでいました。桃太郎は気に入らない者がいれば、鬼め鬼めと囃し立てていました。

 筆者から予め申し上げておかなければいけないのですが、ここに出てくる登場人物の桃太郎とはあの童話上の桃太郎とは全くの別世界、別人物であることを読者の皆さんにはお知り置きいただければと思います。紛らわしいので童話の桃太郎についての記述は真・桃太郎としておきます。

 さて、あの童話に出てくる真・桃太郎と同じ出生の形なんだ、俺は特別なんだという誇りと自尊心が幼いながらもどんどん芽生えてくるのでありました。桃太郎がすくすく成長していくなかで小学生ぐらいの齢になると自らの出生の秘密を徐々に知らされてゆくわけであります。桃から人が生まれてくるわけがないと。

 村には子供が何人も居りましたが、ある時、村の子供が桃太郎に向かって何やら含んだ笑みを湛えてこう言いました。

「君、捨子って話本当かい」

 桃太郎は一瞬面食らったものの即座に否定して、その子供を投げ飛ばして帰ってゆきました。桃太郎は些か乱暴なところがありました。しかし、その日を境にして己の出生の秘密について疑念が自身のなかで増していくのでした。

 それから数年後、ある日桃太郎はお爺さんとお婆さんに自身の出生について訊ねました。内心は真実を確かめるのが不安で仕方なく、苛々していました。桃太郎に対して二人は顔を見合わせて苦い顔をしてからお爺さんがこう言いました。

「お前が大人になってから話す、この話は以上だ」

 こう言われた桃太郎は癇癪を起こし周りの物を投げ飛ばしました。二人は慌ててヒステリーになった桃太郎を説き伏せて出生の真実を語りました。

 あの日、お婆さんは確かに川で洗濯をしていたのでした。空は鉛色の雲が垂れ込めていて、雲行きが怪しい調子でした。すると、何かが流れてきました。流れてきたのは桃ではなく、小さな筏に藁を厳重に巻いてある漂流物でした。お婆さんは怪訝に思いながら拾い上げて、紐解いてみると生きた赤子がいたのです。その捨子が桃太郎だったのです。

「あな、恐ろしや…」

お婆さんは驚いて腰を抜かしてしまいました。柴刈りから帰ってきたお爺さんもそれを見て腰を抜かしてしまいました。両方とも暫くは放心状態でした。二人には子供が居なく、相談して育てていくことに決めました。赤子の名は川から流れてきたという共通点を持つ真・桃太郎にちなんで桃太郎と名付けたのでした。

 この話を訊いた桃太郎は、俄に体が震えだしました。それを見て、お爺さんは拾ってやったのだから、もっと謙虚さを持てだの、もっと働けだのと延々と説教をしました。桃太郎は己の惨めな境涯に屈辱感とやがて憎悪を滲ませて二人の方を睨みつけました。拾われて育てられたのだから命の恩人である二人に桃太郎は感謝すべきであろう点は疑いの余地もないように思われますが、桃太郎とお爺さんとの間には微妙な気質の不一致から起こる確執が徐々に生じつつあったことはここで述べておかなければいけないことです。お爺さんは桃太郎に対し、思い通りにならないと怒鳴りつけたり飯を抜いたりなど常に厳しく冷酷な振る舞いだったということは事実です。 

 この件があってから桃太郎は些細なことで非常に癇癪を起こすようになり、お爺さんとお婆さんにも暴力を振るうようになってきました。家の中は荒れ果ててしまいました。お婆さんは夜な夜な人知れず涙を流すようになりました。

 二人は手の付けられない反抗期の桃太郎を恐れるようになり、お爺さんの提案により桃太郎を座敷牢に幽閉することにしました。聡明な読者の皆さんは、そんな乱暴者の桃太郎をどうやって座敷牢に閉じ込めたのかと思うかもしれません。それは桃太郎が深く寝静まったのを確認し、二人でえっさほいさと運び入れたというわけです。案外上手くいったものでした。座敷牢といっても屋内で座敷が敷いてあるような立派なものではてんでなく、家から少しばかり離れたところにある家畜の山羊を入れておく檻そのものでした。時期は冬で雪が積もっていましたし、屋根と囲いはあり風は防げましたが、防寒といえば座敷牢には干し草の束と大きめのぼろ布があるだけでした。初日は喚き声をあげ反抗し続けていた桃太郎ですが、それも次第に治まり、今度は無口になりました。最低限の食事は出されており、厠は付近の瓶で代用していました。お婆さんは、そろそろ桃太郎を出してはどうかと提言しますが、お爺さんは頑なに良しとしません。

 それから数日後、お爺さんとお婆さんがいつものように座敷牢に来たところ、桃太郎がいないのです。二人は慌てて辺りを探し回りましたが見つかりません。散々探した挙げ句、見つからなかったので帰ることにしました。疲れていたので途中の東屋で一休みすることにしました。二人はどうしたものかと話し合っていた時、お爺さんはふと何かの視線を感じました。振り向いてみると、ぼろ布を纏った男が何やらぶつぶつと言いながら冷たくきらめく物を持ってそこまで来ているのでした。お婆さんに急いで逃げるよう説き伏せ、お爺さんは近くの茂みに落ちていた頑丈そうな木の棒を拾い上げたその刹那、男、そう桃太郎は刃物を持った腕を振り上げた後、一目散に振り下ろしてきました。

 お爺さんは、咄嗟に桃太郎の脚を蹴り、体勢を崩した桃太郎は前のめりになって倒れ込みました。桃太郎は簡単には諦めません。すぐに立ち上がり、今度は刃物を腹の前に据えて、叫びながらお爺さんに襲い掛かりました。お爺さんはそれを横に避けて、桃太郎の刃物を分捕り、桃太郎の胸の辺り奥深くまで刃で貫きました。

 夥しい鮮血の雨が降り積もった辺りの白雪に一瞬にして降り注ぎました。

桃太郎の眼はどこを見つめるでもなく見開いた後、虚ろな瞳に変わってから崩れ落ちました。牡丹雪の降り積もる寒々とした冬の薄暮のことでした。

 数日後、村では桃太郎を殺害したお爺さんに対して裁判が行われました。桃太郎の以前の日頃の悪行は、噂話などで村人も重々把握しておりお爺さんの正当防衛だと判断され、お爺さんは無罪放免となりました。 

 ある日、お爺さんとお婆さんは、墓前に手を合わせて祈りを捧げていました。それは桃太郎の墓でした。お婆さんはハンカチを手にし涙を拭っていました。お爺さんは神妙な顔つきでその墓に対して呟くのでした。

「鬼は他所にあったのやない。鬼はお前の心にあったのや…」

 お爺さんは、上手いことを言ってやったというような少し満足げな顔を覗かせてその場を去りました。お婆さんは首を傾げつつその後に続くのでした。樹木に止まった一羽の烏が鳴いており、無常にも宵闇が辺りを包むのでした。 

 

完